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 [Profile]

1994 兵庫県、淡路島に生まれる

2017 京都精華大学芸術学部造形学科洋画コース 卒業

グループ展

2018 「具象画展」JARFO京都画廊(京都)

2019 「Nothing Too Late!」Bar Two Hands(大阪)

プロジェクト

2018 「メディア・移民・ナショナリズムの興隆ーヨーロッパとアジアの経験と視座の比較」

    アーツ千代田3331(東京),群馬大学(群馬),ユトレヒト大学(ユトレヒト)

アートフェア

2018 「OSAKA ART FES 2018@梅田Hanshin」阪神梅田本店(大阪)

 

 [Statement]

 

 

事物を見つめ、それを写すこと。それは絵画の歴史に於いて、脈々と受け継がれてきた営みであり、原初的な行為でもある。しかし、近代以降の諸々の技術の発展に伴い、その営みは軽視されることとなった。事物を写す手段は写真と映像に取って代わり、時間と技術を要する写実絵画は非合理的なものと見做された。

​現代に於いて、このような「即席的なものへの志向」は芸術のみならず、社会全体に浸透しており、誰もが時間にせき立てられている。人々はゆったりとした時間観念を失い、待つことができなくなったのである。目の前のモチーフを見つめ、知覚したものを絵具に置き換え、それを画面上に蓄積する。時間と共にモチーフの存在が画面に立ち現れるのを待つ。絵画を作る営みそれ自体が待つことであり、待つことでしか見えないもの、確かめられないものを可視化することが、現代に於ける絵画の一つの意義であると考える。

 

[Biography]

1994年、兵庫県・淡路島で谷畑卓は生まれる。

5歳(1999)の頃、彼は母に勧められ、近所の絵画教室に通うことになる。彼はそこで、画家兼デザイナーである桑田雅子に師事することになる。

その出会いがきっかけとなり、谷畑は8歳(2002)の頃から画家を志すようになる。その時、彼は突然、「先生、僕、画家になる。」と言ったそうだ。その宣言以降10年間、彼が18歳(2012)になる年まで、彼はその絵画教室に通っていた。

絵画教室では、レオナルド・ダ・ヴィンチを始めとする盛期ルネサンスからセザンヌまでについて学ぶが、彼はバルビゾン派の牧歌的風景に影響を受け、主に風景画を描いていた。その頃の作品は、どこか憂いが漂う、淋しげな風景を描いたものだった。

高校一年生の夏、それまで地元の進学校に通っていたのだが、突然転校することを決意する。転校先は、兵庫県・三ノ宮にある、デザイン専門学校の高等部である。彼曰く、一般教養を学ぶ時間を、絵を描く時間に充てたほうが、自分にとっては良いと判断したそうだ。

転校先は自由な校風だった。その学校では油絵は教えていなかったのだが、授業の空き時間などは、谷畑は別室で油絵を描いたりしていた。

その後は京都精華大学の洋画コースに進学した。大学に入ってからは写実絵画に惹かれ、自ずと作品も古典的絵画へと向かっていった。しかし、古典技法で古典的モチーフを描くことに違和感を抱いた彼は、現代との接点を探し求める。

その時出会った作品が、太宰治の『待つ』である。その短編小説に感銘を受けた谷畑は、「待つ」という人間の振る舞いに関心を持ち、それこそが現代に於いて見つめるべきものだと確信したのだった。

それ以降、現在も彼は「待つ」ことを根本理念に置き、絵画制作に励んでいる。

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